東京都文京区にある拓殖大学。政経学部で環境政策研究をテーマとする関良基(せきよしき)ゼミナールでは、東京生まれ東京育ちの卒業生が山口県の瀬戸内海に浮かぶ大津島へ移住したことをきっかけに、この島と深く関わることになりました。学生たちの取り組みについて、関教授とゼミの学生2名に話を伺いました。
東京生まれ東京育ちで大津島に移住したOBがつないだ縁
拓殖大学は、長州藩士で日本の内閣総理大臣を務めた桂太郎氏 によって創立されました。キャンパスには桂太郎の銅像が立っており、山口県とゆかりの深い大学なのです。
この大学に関教授が赴任して一年目の教え子である大友翔太さんの単位は、卒業資格ギリギリ。その理由は、釣りやアウトドアが大好きで、大学にいるよりも釣りに出かけている方が多かったためでした。関教授は、普通の会社に就職するのは向かなそうだと思っていたところ、大友さんは、山口県周南市の大津島で「地域おこし協力隊」をすることになりました。12年ほど前のことです。東京生まれ、東京育ちながら、島の暮らしに馴染み、大友さんはそのまま定住しました。そこから、拓殖大学の関ゼミと大津島の縁が始まります。
大友さんから関教授へ「大津島に来てください」と熱烈なラブコールがあったものの、お金のない学生には交通費が負担になるという理由から踏み切れないでいました。しかし、山口県出身の学生が積極的に働きかけをしたこともあり、2017年にやっと大津島での合宿が実現しました。
なにもかもが衝撃。初めての大津島
初めて大津島を訪れた学生たちは、島の自給自足的な暮らしに相当なカルチャーショックを受けました。多くの学生が関東出身で、島の暮らしは初体験。首都圏でせわしない時間を過ごしていた中で、島のゆったりとした時間の流れ、豊かな自然の恵みを味わうこと全てが鮮烈な体験でした。中でも、熱心に取り組んでいるのは、島で伝統的に栽培されており、イノシシなどの鳥獣被害にも強いと言われる「酢だいだい」の植樹やそれを利用した商品開発でした。島ではすでに地ビール「島麦酒 SUDAIDAI」(注)が開発されていましたが、学生のアイディアでさらなる商品の開発してみたいという思いが学生たちに芽生えていました。
2019年には、離島人材育成基金助成事業の助成金を得て、頻繁に大津島に行くことができました。そこで、学生たちが島の人たちの協力を得て酢だいだいを使った商品開発にチャレンジ。ドレッシング、カステラ、入浴剤、あめ、におい袋などの試作品が完成し、これらの試作品は、学園祭で展示されました。今後も、商品化に向けて後輩たちへバトンが渡され、継続した取り組みが予定されています。
酢だいだいの収穫
酢だいだいしぼりの準備
大津島での体験が就職活動に活きた
4年生の土屋友陽(つちやともあき)さんによると、関ゼミは2020年現在、40人以上の学生が所属する人気のゼミ。2017年に大津島の「島おこし」をしていることが知れ渡ると、瞬く間に人気になりました。島おこしに関わることは、普通の学生生活では味わえないことなので、大きな魅力だったと言います。
埼玉県出身の土屋さんが、初めて島を訪れたときのこと。釣竿だけ準備して、数人で釣りに出かけました。しかし、いっこうに釣れません。そこへ、土屋さん曰く「すごい装備」の男性「よっちゃん」が登場し、釣りの仕方を教えてくれたそうです。すると、途端に釣れるようになりました。何より驚いたのは、よっちゃんが、自分たちには何も見えない海面を見て、「魚がいる」と、網ですくって次々と魚を捕まえてしまったことでした。土屋さんにとって、初対面の学生たちに惜しげもなく釣りの技を伝授してくれたよっちゃんとの出会いは鮮烈な体験でした。
商品開発では、土屋さんはドレッシングの開発を行いました。チームで様々なレシピを試して、会心の味にたどり着いたそうです。
そして、学園祭で関ゼミが販売した酢だいだいの果汁入り「たこのから揚げ」は、大好評400円の価格で販売し、売り上げは13万円を超えたそうです。
これらの体験が、就職活動にも大いに活かされました。面接で大学時代に取り組んだことを聞かれ、「島おこし」について話すと、面接官が興味津々で話が盛り上がったそうです。
土屋さんは、ウエディングやコンサルティング事業などを行う企業に内定。酢だいだいを、就職予定の企業が経営するホテルやレストランで使う可能性も模索しているそう。土屋さん自身が、大津島の酢だいだい販路拡大のキーパーソンとなるかもしれません。島への思いは強く、社会人として経験を積んだあと、移住したいくらいの気持ちなのだそうです。
大津島地域の人達との交流
大津島の護岸から瀬戸内海を望む
進路の希望をIT企業から農業、食品関係へ変更
4年生の柏野太志(かしのたかし)さんは、3年生になる前の春休みに初めて大津島へ行きました。そのときは、酢だいだいの果実を収穫し、一晩中果汁を絞る体験をしたそうです。島の人たちの手際の良さ、酢だいだいの鮮度を保つための収穫方法、植樹についての知識には驚かされたと言います。
柏野さんおすすめスポットは、島で唯一の食堂「ひなた」。メニューは少ないけれど、どれも美味しく、地ビール「島麦酒 SUDAIDAI」も飲めるそうです。
この大津島での体験を経て、もともと就職先としてIT企業を希望していたのが、農業協同組合や食品メーカーなどへと方向転換することになりました。5年、10年と社会人経験を積んだのちに、農業をするという選択肢もあると思うようになったそうです。
学生たちが島の暮らしに触れることで広がる可能性
現在、コロナ禍で大学の授業はほとんどがオンライン。これまでとは異なるキャンパスライフが続いています。今年は、東京から大津島に行くこともできなくなりました。現地に行くことができなくても、今後も継続して大津島に関わっていくそうです。
関教授は、こう語ります。
「大津島で学生たちが、都会とは別の価値観や生き方に触れることで、サラリーマンになって働くだけが人生ではないと感じられると思います。それは、この先の人生で大きな財産になるでしょう」。
(注)2018年に誕生した「島麦酒 SUDAIDAI」大津島と飲料組合による周南市発の地ビール。