〔レポート〕大津あきら青春♪音楽祭~魅力を感じて…あきらの世界~(長門市仙崎地区)

プロジェクト概要

日本海に面した長門市、その中央部にあるのが仙崎地区です。ここはかつて古式捕鯨等の漁業も行われていた港町で、昔から多くの人たちが行き来する場所として賑わいを見せていました。
そんな自然豊かな仙崎で生まれ育ったのが、作詞家・大津あきら。数多くの著名人への歌詞提供を行い、幅広い分野で活躍する昭和歌謡を代表する作詞家でしたが、1997年、がんにより若くしてその人生に幕を閉じました。

今回、東京や神奈川など首都圏からはるばるお越しいただき、大津あきら氏の故郷・仙崎のまちを追体験した後、音楽祭に参加していただきました。今年は、関係人口としてプロジェクトに参加してくださった方にもステージに立っていただき、昨年度よりさらに関わりを深められるプロジェクトとなりました。

実施内容【9月15日〜16日】

プロジェクト実施団体へインタビュー

大津あきら顕彰会
大井 徳三さん

長門市仙崎地区出身。仙崎小学校を卒業後、東京の中学・高校・大学へ通い、日本放送協会(NHK)のディレクター職を務める。NHK大阪文化部長、NHKエンタープライズ・エグゼクティブプロデューサー、萩テレビ代表取締役を経て、現在は、ルネッサながとの館長に就任。音楽や文化を通じ、地域を盛り上げるため奔走している。

Q. 今回プロジェクトを企画・実施されたきっかけは?

地元出身の作詞家、大津あきらが亡くなって25年経ちますが、地元ではほとんど知られていません。そこで、彼の活躍を地元でもっと継承したいと思ったのがきっかけでした。いきなり記念館の設立は難しそうだったので、まずは音楽祭をはじめることにしました。青春をテーマにした歌が多いので「青春音楽祭」という名前にして、最初はアコースティックライブ、次は中学生の吹奏楽、その次は合唱団といったように、いろんなジャンルで実施しています。山口県の関係人口プロジェクトに参画させていただいたおかげで、東京からも参加していただけるようになりました。

Q. 取り組んでみてよかったことは?

4つの中学校の吹奏楽部が集まって90人の大人数で演奏したのは生徒たちにとってすごく貴重な体験でした。サックスで曲をジャズっぽく演奏していただいたのも新鮮でしたね。また、午前中の仙崎視察では、仙崎が戦後日本で最初の引き揚げ地であること、このまちで育った人たち、豊かな自然など、参加者のみなさんにリアルに感じてもらうことができました。地元の人間には当たり前になっていることも多いので、関係人口の目線は本当に大事!音楽祭の出演者数が100人を超えたため、とりまとめが大変なこともありましたが、音楽の持つ可能性や楽しさを目の当たりにできて感動しました。

Q. 今後の目標は?

地元=生きていくよりどころ。豊かさ、居心地のよさ、空の壮大な美しさがある仙崎地域の幸せ度は相当なものです。外からたくさん人が来ると、地元の人も地域のよさを再認識することができるので、今は関係人口として関わってくださっている方々が、定年後に移住してくれるといいなと思っています。これからは金子みすゞや大津あきらをベースに音楽のまちにしていきたいですね。有名なホテルが3年後にできる予定なので、それまでに食事をしながらちょっとした演奏が聞けるような環境を整えて、ゆくゆくは仙崎J-POPフェスタの開催を目指したいです。

参加者コメント

※音楽祭は地域の文化の発信として可能性がある、内容にも感動した
※ルネッサのような劇場で演奏したい人は多くいるのでもっと呼びかけられるとよい
※今、Jポップはヨーロッパやアメリカで評価され、ブームになっている。仙崎を日本のJポップの拠点の一つとして、大津あきらの楽曲を手掛かりにこれから作り上げていけるとよい
※地域の文化財(ナツミカン原樹、楽桟敷)をもっと認識して、誇りに思うべき
※案内板を整備して中高生も巻き込んで、「地域文化見直隊」結成はどうか
※大津あきら=青春の詩人として捉え直して発信すると全国区になると思う
※金子みすゞのようにあきらの詩の看板を街に出せば、観光客にも認知度は上がる