空き家×アートが融合して、新たな形で地域が繋がる

地域の資源を活用して、アートへ

衰退していく伝統芸能や空き家を、現代美術を通して再活用する団体『Do a front(ドゥーアフロント)』。この団体の立ち上げから関わり、現ディレクターを務められているのが藏田章子さんです。藏田さんは山口県山口市出身、高校卒業後上京し、現在は東京で建築関係の仕事をされています。

衰退する伝統芸能と空き家、地域の現状を目の当たりに

藏田さんは、山口祇園祭(山口市)で行われる伝統芸能「鷺の舞(さぎのまい)」を守る頭屋の生まれで、これまで200年の歴史を繋いできました。2008年、藏田さんは先代である祖父の訃報を受け、頭屋の仕事を手伝うことになりました。当時、世襲制の頭屋は藏田さんの実家以外にも3軒ありましたが、引退され、現在、藏田さんの実家だけとなりました。

「祖父が亡くなってからは、家を空けることが多くなりました。加えて、近所に空き家が増えていく状況を目の当たりにし、なんとかしなければと思い始めて5年近く模索していました」と藏田さんは話されます。

衰退していく伝統芸能とともに空き家が増えていく現状に、「どうにかしなければならない」と藏田さんは強い使命感に駆られました。 そんな時、東京のアーティスト友だちと訪れた美祢市の『秋吉台国際芸術村』の「アーティスト・イン・レジデンス」でヒントを見つけられました。

非日常な環境でしか得られない「刺激」

アーティスト達が一つの場所に身を置き、通常とは異なる環境で制作を行う「アーティスト・イン・レジデンス」。秋吉台国際芸術村は、国内でも有数のアーティスト・イン・レジデンスの施設として知られており、豊かな自然に囲まれた穏やかなその場所に、藏田さんたちは数日間滞在されました。各々自由に過ごす中、東京から来たアーティスト達にとっては、日常とは異なる環境で制作できることが新鮮で、「素晴らしい!」と絶賛。藏田さんもまたアーティスト・イン・レジデンスは、空き家を活用する方法として、とても良いのではないかと考え、アーティスト数名の有志とともに『Do a front』をスタートさせました。

2012年から『Do a front』の立ち上げを始めた藏田さんは、山口市を活動の拠点と決め、日常と離れた環境、且つ、地域の方との交流の機会が多い空き家を、アーティスト・イン・レジデンスの場とされました。

活動の場として選ばれたその空き家は、40年以上使われていなかったということもあり、始めの1ヶ月は大掃除からでしたが、現在では280坪の敷地にある4棟の建物を整備して活動を行っています。

その建物は明治初期、昭和初期、昭和中期、コンクリートブロックや鉄骨造の建物と個性豊かで、アーティスト1人につき1棟が貸し出されます。

普段生活している場所とは異なる環境に約1ヶ月間身を置きながら、アーティスト達は制作活動に取り組みます。 「それぞれ時代も素材も異なる建物で、はたから見れば価値のないような建物かもしれませんが、生活されていた方の痕跡や改修の歴史がアーティストにとっては面白く見える。そういった古い空き家ならではの魅力を通して、地域の面白さを伝えていきたいです」と藏田さんは話されます。

自然と人が繋がっていく、空き家ならではの出会いと「刺激」

さらに、空き家でアーティスト・イン・レジデンスを行うメリットとして“地域の方たちとの距離の近さ”を挙げられています。

「例えば、朝になると地域の方が食材を持って来てくださったり、一緒にごはんを食べたり、イベントに参加してくださったりと、自然発生的な関わりが滞在中に幾度も行われます。引っ込み思案な方でも地域との関わりが深まり、アーティストはそこでしか得られない新しい発見・出会いを通して、常に刺激を受け続けます。すると、これまでにないアイデアがアーティストの中に生まれ、地域性の強い作品を作り出すんです」と藏田さんは話されます。

また、美術領域の中でも、未知の領域に取り組む「現代美術」と、人の歴史が刻まれた空き家の2つが組み合わさることで、さらに面白くなると藏田さんは考えられています。

そのため『Do a front』では、この2つの要素が思わぬ相乗効果を生み出すということから、あえて「現代美術」のアーティストに限定して活動されてきました。 そして、これからは藏田さんが守り引き継ぐ「鷺の舞」との掛け合わせも、「新たな試みとして取り組みたい」と藏田さんは話してくださいました。

アートとともに“木育”も。地域の資源をさらに活かして

今後は『Do a front』の活動を続けながら、“木育”にも取り組みたいと藏田さんは話されます。「長門市と東京のおもちゃ美術館にはよく出かけていて、“木育”についても勉強しました。母方の実家が材木屋というのと、昨年、子どもが生まれたのもあり、子育てに関連した地域の特色ある施設の設立や“木育”をテーマに“販売”のない縁日や、ワークショップに取り組みたいと考えています」

また、山口県の魅力は“人と環境の温かさ”と、藏田さんは続けられます。「山口県は美味しい魚を始め、食の魅力もありますが、一番は人の温かさですね。文化レベルも非常に高く、県外から来た人にも寛容なので、アーティストにとって活動のしやすい環境だと思います。そして、自然などの“人が作れないもの”も多くあり、そこから得られる刺激がアーティスト達にとっても、良いものに繋がっています。だからほとんどのアーティストが『山口にまた来たい』と言ってくれます」

増え続ける空き家への打開策として有志とともに始めたアーティスト・イン・レジデンスでしたが、まるで家族のようにアーティスト達の話をされる藏田さん。「子どもが生まれてからは、自分がしたいことばかり考えていますが」と話される藏田さんは、これからの将来に、期待に胸を膨らませ、その笑顔は輝いて見えました。